法性寺~ふりがな付き全文

法性寺は、小倉百人一首の中で一番長い名前の歌人「法性寺入道前関白摂政大臣」に、ちなんだ早口言葉です。

ちなみに、「法性寺入道前関白摂政大臣」は、平安時代末期の貴族・藤原忠通のことですが、平安時代の貴族たちは本名ではなく官位で呼ばれていましたので、出家後は「法性寺殿」と呼ばれていたはずです。

小倉百人一首の撰者・藤原定家が和歌を選んだとき、藤原忠通は関白摂政大臣を務めたこともあり、美辞麗句を並べて、こんな長い呼び名にしたのかもしれませんね。

この法性寺も発声や滑舌の練習でよく使いますよ。

法性寺(ほっしょうじ)全文


法性寺の入道 前の関白太政大臣様のことを、

ほっしょうじのにゅうどう さきのかんぱくだじょうだいじんさまのことを、


法性寺の入道 前の関白太政大臣殿と言ったれば、

ほっしょうじのにゅうどう さきのかんぱくだじょうだいじんさまといったれば、


法性寺の入道 前の関白太政大臣様が、

ほっしょうじのにゅうどう さきのかんぱくだじょうだいじんさまが


大きにお腹をお立ちなされたによって、

おおきにおはらをおたちなされたによって、


今度から、法性寺の入道 前の関白太政大臣様と、云おうやのう

こんどから、ほっしょうじのにゅうどう さきのかんぱくだじょうだいじんさまと、いおうやのう


法性寺の入道 前の関白太政大臣様

ほっしょうじのにゅうどう さきのかんぱくだじょうだいじんさま