「お前は台詞が軽い!」といわれて悩んでいる人へ、台詞の練習に生きるちょっとした斜め上をいく台本の読み方を見直すヒントをご紹介します。

正直、単純に「上手な声優」=「売れる声優」という訳にはならないのですが、運よく現場に出られても台詞が下手だと現場で浮いて恥ずかしい思いをします。

正しいとされる台本の読み方に沿って、一所懸命に読み取り、自分なりに感情移入しても、感覚が入っていないといわれる方は参考程度に読んでみてください。

感覚が自分の身に染みていない

これはあなたの台詞の理解度の上限を決めている要因なのですが、頭の中で世界観を理解していても表現しきれない、リアリティーが感じられないといわれるのは、感覚が自分の身に染みていない。

つまり、要求されている感覚が自分の中にないということです。

例えば、「最後に踏ん張れ」。

なんとなくわかるものの「がんばれ」と同じような感じになってしまう。

相撲などのように取っ組み合いの中で足や足裏で踏みこたえる感じといった微妙な違いを表現して欲しいのにできないといった具合ですね。

言葉とは文化

文化が違えば言葉も異なり、使うかにも微妙な差があります。

日本語は大和言葉・外来語・漢語の3つで成り立っているといわれていますが、特に大和言葉には言葉と一体になっている動作の感覚があるので、言葉の重みが如実(にょじつ)に変わります。

テレビやスマホで見たり、バーチャル・リアリティで体験ですませたりなど、画面上の世界が増えている世代は顕著にわからなくなっているようですね。

これは声優に限ったことではなく、若いアニメーターも実際の身体経験が少ないと感覚が入っていない絵を描いてしまうということもあると聞いたことがあります。

つまり、仏作って魂入れずとなってしまうんですね。

声優の場合、言葉という器があっても、そこに魂が入っていないという感じ。要するに、言葉の上っ面だけを知っていても、ことの本質を体験していないのでリアリティを失ってしまっているのです

言葉に向き合い、感覚を訓練する

なので、言葉に向き合うなら、感覚を訓練することがとても大切になります。

体を使って遊んだり、体を使った動作をたくさん積み重ねることは、その動作を比喩として使った言葉の心や精神の感覚を身を持って表現できるからです。

繰り返しますが、大和言葉には、言葉と一体となっている動作の感覚が多いです。

「知恵を絞れ」といわれても、「何かいいことを思いつけ」というニュアンスにしか台詞を受け取れないのであれば、雑巾をぎゅっと絞ってみてリアルな感覚を取り戻す地味な訓練をしてみると良いでしょう。

最後に

あくまでも台詞の掘り下げ方のヒントになればと書いてみました。

こじつけかもしれませんが、同じ言葉でも身をもって体験していると、聞こえ方もずいぶん変わってくるのは本当です。

「お前は台詞が軽い!」といわれて悩んでいる方は、このように言葉と向き合ってみてください。

非現実世界ではなく、現実世界にそったリアリティーのある絵を追求しているアニメなどに生きますよ。